名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)1078号 判決
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〔判決理由〕(損害)
<証拠>を綜合すればつぎの事実が認められる。
原告は、本件事故当時愛知県知多建設事務所の管理課長として勤務し、年収金一七六万〇、六一四円程度の収入を得ていた。原告は大正七年一月生れで事故当時五〇才になつていた。
原告は、本件事故のため両側胸部挫傷、腰部挫傷、左肩胛部挫傷、両腰伸側擦過創、第一一胸椎圧迫骨折の傷害を負い、そのため、昭和四三年三月一五、一六日笠寺病院に通院し、同月二七日から同年四月一四日まで藤本病院に入院し、同月一五日から同年一一月三〇日頃まで同病院に通院した。この通院は退院後二ケ月半位は毎日、それ以後は隔日、一〇月以降は一週間に二回程度であつた。原告の症状は、昭和四三年一一月三〇日頃概ね固定したが、第一一胸椎部を中心に疼痛、背柱に運動障害、荷重機能障害等の後遺症を残し、その程度は労災等級八級程度である。そのため、右症状固定後も、原告は年二回位検査のために通院しており、毎日就寝時にはギプスベッドに寝て、月のうち半分位はコルセットを着用している。原告は、本件口頭弁論終結当時、愛知県水道局工務部上水課副長をしており、これまで本件事故による傷害が、給与、役職について問題とされたことはない。また、前示症状固定後この傷害のために原告が欠勤したこともない。
原告が右職務を遂行するについて一般的な仕事をしている場合はさほどのことはないが、年末、年始など殊に仕事の繁忙なときには背骨の部分に鈍痛のくることがある。
原告は、青年学校卒業後一一年程三菱重工業に勤務し、それから約三年軍隊に行つて後、昭和一五年から愛知県に勤務し、事務系の職員として今日に及んでいる。
原告の停年は五六才で、昭和四九年三月の予定である。
以上の事実が認められる。
(一) 得べかりし利益
原告は、前記後遺症のため労働能力の四五%を喪失し、停年退職後の五七才から六二才までの間に、一時に請求し得べき金額合計金一〇〇万六、九六八円の利益を喪失したと主張する。
然しながら、前示認定によれば、原告は、経歴から言つて本件事務系の職員で、事故当時は愛知県知多建設事務所管理課長の地位に在つたのであるから、本件事故がなかつたとしても、停年退職後はその知識、経験を利用する事務系の職種に就職したであろうと推認すべく、前示のような後遺症があるとは言え、現在在同県水道局工務部上水課副長をしており、その職務を遂行するに格別の支障はなく、役職・給与の面でも不利益を得ていない勤務状況にあるから、今後更に約二年六ケ月後に到来する停年退職後の再就職において、原告主張のような損害があると認めることはできない。
(藤井俊彦)